まず『シュレーディンガーの少女』の著者、松崎有理は2010年第1回創元SF短編賞を受賞した『あがり』でバズったのでお読みになられた方もいるかもしれない。(『あがり』を含む同タイトルの短編集も創元SF文庫から出されている)
収録作品
本書『シュレーディンガーの少女』は、2019年~2022年に発表された独立した6篇からなっている。タイトルの『シュレーディンガーの少女』は文庫の書き下ろしだ。
収録作品は次の通り。
- 六十五歳デス
- 太っていたらダメですか?
- 異世界数学
- 秋刀魚、苦いかしょっぱいか
- ペンローズの乙女
- シュレーディンガーの少女
※書影は版元ドットコムより
短編2作がただいま全文公開中
ちなみにこのうちの2篇。『六十五歳デス』『ペンローズの乙女』は、「Web東京創元社マガジン」のサイトで全文公開されている。2篇ともかなり読み応えのある作品だと思うので、全文公開とは太っ腹である。
Web東京創元社マガジン | 松崎有理『シュレーディンガーの少女』刊行記念・収録作品より二編を全文公開!
コンセプトは「ディストピア×ガール」
この6篇は共通して、様々なディストピア世界におかれた女性の物語である。
では、各作品を(ネタバレは無いように)紹介しよう。
各作品の紹介
六十五歳デス
「デス」というカタカタにも意味がある。バディもの。映画のハンナ・アーレントみたいなかっこよさがあるし、酸いも甘いも知り尽くした人間のいぶし銀的な味わいが光る。
太っていたらダメですか?
初出時のタイトル「瘦せたくないひとは読まない」の改題とのこと。話の展開がB級映画っぽくて、個人的にはあまり好みではなかったが、後半の展開は良かった。
異世界数学
数学嫌いな女子高生の話。見かけはラノベっぽいが、さりげなく核心を突いた名言が登場するので甘く見てはいけない。数学の本質とか、勉強の面白さを気づかせてくれるストーリーになっていて、なかなか楽しい。数学が苦手な学生におススメしたい秀逸なジュブナイルだ。
秋刀魚、苦いかしょっぱいか
ある少女の夏休みの自由研究の話。個人的に本書でいちばん泣けた作品だ。これは児童文学扱いでも良いのではないだろうか。
ペンローズの乙女
ある孤島の出来事と、時空を超えた乙女たちの壮大な話。いま話題?の宗教二世的マインドを垣間見える読みも可能かもしれない。
シュレーディンガーの少女
タイトルから分かる通り「シュレーディンガーの猫」を題材にしている。個人的に量子のふるまいで一番興味があるのはこの不可思議な現象だ(脳がバグりそうになるのだが・・・)。だが、この作品ではさらに一歩踏み込んできていて、ちょっと舌を巻くような興味深い物語となっている。
総評
どれも面白く読めた、充実の短編集だった。
久しぶりに忘れかけていたドキドキとかワクワクとか、そんなオノマトペがしっくりくるような若い時代の胸のすくような感覚を思い起こさせてくれた。
「シュレーディンガーの猫」であったり「フェルミのパラドックス」であったり題材となる科学ネタはありつつも、そこから奇想天外で独走的な物語への昇華のさせ方、構築の仕方がアクロバティックな至芸を見せられた感がある。こういうところがSF作家、松崎有理氏の凄いところなのかもしれない。(そういえば劉慈欣の『三体』も「三体問題」が元ネタとはいえ、ああいう小説世界を生み出す力量はハンパないと思う。)
エンターテインメントではあるが、アカデミックな知見が開陳されるので、いろいろと勉強になったりもする。ふいに殺し文句の名言をぶちこんでくるし、SFとはいえ、少女のけなげさとか、もののあわれをひしひしと感じさせる人情噺(にんじょうばなし)なので、涙腺の弱い人は泣けちゃうかもしれない。
ディストピア小説だろうか、少子高齢化や、環境破壊、“宗教二世” のような社会テーマからも読めるし、哲学的な多様な視点をかちえることができるのも本書の魅力であろう。
装画もイケているし、こんな良質なエンターテインメントが 860円+税 で手に入るのだから、なかなか胸熱といえるのではないだろうか。日本に生まれて良かったと思う瞬間はいい小説に出合えたときに訪れるものであるが、この小説はその一つだ。
こちらはデビュー作『あがり』
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